宮﨑駿の最新作「君たちはどう生きるか」
すごかったね。
確かにすごかったけどなかなか難しかったよ。
宮﨑駿は
映画の内容にを詳しく説明しない主義なので
予備知識がないとわかりにくい点があるのも確かです。
私は「ユング心理学」をベースに考えると、よくまとまった名作だと感じました。
ユング心理学の観点から見てみるとスッキリするよ!
この記事では「君たちはどう生きるか」をユング心理学の観点から考察していきます
君たちはどう生きるかってどんな映画?
制作期間7年半の大作
鈴木:いつもだと準備が一年、実作業は大体二年なんです。
それが今回は、準備が二年半くらい。そこから制作に五年かけたんです。もう圧倒的な時間をかけた。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
7年半の超大作だね!見なきゃ損するよ!
物語は、戦争の空襲で母を失った11歳の少年眞人が
父の再婚相手で、母の妹である夏子の家に疎開することから始まります。
心の葛藤に揺れ動かされながら、青鷺の声に導かれ、大伯父が建てた塔の中で
さまざまなキャラクターとの冒険劇を繰り広げます。
最終的には、心の葛藤と折り合いをつけた眞人が新たな人生を歩み出す物語です。
動きのクオリティーや、先が予想できない
イマジネーションに満ちた世界観はさすが!
私は予備知識なしで映画館で見たので、圧倒され最後は、思わず涙してしましました。
宮﨑駿にとって映画とは自分を表現する「箱庭」である
宮﨑駿にとって映画って何なのでしょう?
それは
鈴木:宮さんは庭という設定が好きなんです。実際、作品ごとに自分で主人公の住む家の庭を設計して作ってしまう人なんです。(中略)いわば箱庭の中に主人公を置いて動かしていく。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
このように宮﨑駿は、自分の心の中の世界観を「箱庭」として構築していく作り方をしています。
そして「箱庭」は、「箱庭療法」として
セラピーにも取り入れられています
箱庭療法は、セラピストが見守る中、クライエントが自発的に、砂の入った箱の中にミニチュア玩具を置き、また砂自体を使って、自由に何かを表現したり、遊ぶことを通して行う心理療法です。通常、箱庭療法だけを独立して行うことはなく、言語的面接や遊戯療法のなかで、適宜用いられる方法です。この療法では、砂やミニチュア玩具のイメージを活用してアイデアを広げ、上手下手ではなく、具体的な現実生活に近い表現から抽象的な非現実的な表現まで可能です。よって、言葉にならない葛藤、イメージを表現しやすいのです。
※日本臨床心理士会HP「箱庭療法」より抜粋
宮﨑駿や映画に関わらず、創作作品には作者の思想や心の内が投影されるものです。
過去の宮﨑映画にも、宮﨑駿の指向や思考が存分に現れていますが
本作「君たちはどう生きるか」には、それがより色濃く現れていますね。
まさに宮﨑駿さんにとって映画とは
自らの心の無意識のイメージを表現する格好の
「箱庭」という道具なのかもね。
でも本作は特に
ストーリーが抽象的かつイマジネーションが凄すぎて、
置いてきぼりを食らった人も多いのでは?
それはわかる。でも
精神世界の冒険と考えると腑に落ちると思うよ。
特に「ユング心理学」の世界観が色濃いと思ったよ
「君たちはどう生きるか」はユング心理学の世界観である。
さて、ユング心理学について詳しく見ていきましょう。
ユング心理学って何?
ユング心理学はスイスの心理学者「カール・グスタフ・ユング」によって提唱され
正式名称は「分析心理学」と言います。
ユング心理学の本質は「分析」にあり
分析の主眼は心を理解することで自分を理解しようと、安心することにある。
山根久美子「自分を再生させるためのユング心理学入門」日本実業出版社 p 66より抜粋
心はフロイトが発見したように
「意識」と「無意識」に分けられると考えられています。
こころを分析するには、無意識の部分が重量であり
無意識の部分を表すと考えられる「夢」の分析を、ユング心理学では重要視します。
眞人は塔の床の吸い込まれるシーンは
無意識の世界への移行を暗示していると思うよ!
つまり
心の奥底の夢の部分をしっかり知れば、自分がわかってさらに成長できる
というのはユング心理学の考え方です。
夢や無意識を分析するのがユング心理学なんだね。
そう考えると「君たちはどう生きるか』は
「無意識の夢の世界の大冒険」と考えるとしっくりくると思うよ
ユング心理学の目的は個人化
個人化とは自分の傷を見つめ、自分のものとして引き受けていく作業である
人間は誰でも完璧ではありません。
ミスしたり、傷ついたりして「そこから何かに気づいて」成長していくものです
あなたも振り返って考えてみれば過去の嫌な経験が
今となってみれば成長の種だった!ということに気づくことはないでしょうか?
そういや眞人君も頭に自分で傷をつけたよね。
そういうことか。
心の傷を目に見える形の
頭部の傷として、アニメでは
表現していたのではないかな?
集合的無意識(普遍的無意識)
塔の中の不思議な世界を理解するために重要なのが
ユング心理学における集合的無意識です。普遍的無意識とも訳されます。
集合的無意識は、個々の人が経験する個人的な無意識とは異なり、文化や共同体全体で共有される無意識の要素やパターンのことを指します。これは、特定の文化や時代において共通のシンボル、アイデア、イメージが存在するというアイディアに基づいています。
要するに無意識な世界では
全ての人は繋がっているという感じだね。
鈴木:(河合隼雄さんと宮崎さんが会われた時も)楽しそうでしたよ。(中略)河合さんは実に楽しそうに宮さんと話をしていた。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
このように日本におけるユング心理学研究の第一人者である河合隼雄さんと宮﨑駿さんは
交流があったようなので、集合的無意識という世界観を宮﨑さんは持っていたのだと思います。
登場人物は宮﨑駿の「コンプレックス」
「コンプレックス」とはユング心理学でいう「心の中の住民」です。
ユングは、わたしたちが自分で「私」だと思っている人を「自我」
「私=自我」の他に自分の中に住んでいる住人のことを「コンプレックス」と呼んだ。
山根久美子「自分を再生させるためのユング心理学入門」日本実業出版社 p 66より抜粋
ユング心理学において、家や部屋というのは心のイメージとしてよく夢に登場します。
私たちの心は、部屋がいくつもあってその中に
さまざま住人が住んでいるというのがユング心理学です。
私たちが「自分」と思っている意識は、この部屋の1室にしかすぎません。
つまり、大叔父が建てた塔は宮﨑駿自身の心のメタファーである
言い換えれば、塔は「アニメーションの世界」そのものであり
「スタジオジブリ」と言い換えても良いと思います。
「君たちはどう生きるか」は観客である私たちが
宮﨑駿自身の心(塔)の中に、入り込み
彼の心の中に住む住人(コンプレックス)を覗き見できる構造になっています。面白いですよね!
登場人物は、宮﨑駿にとっての「コンプレックス」
に相当すると思うよ。それぞれ紐解いていこう!
眞人=宮﨑駿がなりたかった理想の自分
まず主人公の眞人は、時代背景や設定から明らかに宮﨑駿そのものです。
なので眞人=宮﨑駿と考えて良いと思います。
心の住人であるコンプレックスは下記のようなものがあり
- 影(自分が知りたくなかった自分)
- アニマ(男性の心の中にある女性的な部分)
- アニムス(女性の心の中にある男性的な部分)
- ペルソナ(社会で求められる役割を演じる自分)
- 老賢者(自己へと導く内なる先導者)
それぞれ登場人物と対比させて見てみると、とても面白いです。
そしてそれぞれにモデルがいることがわかっています
影=サギ男=鈴木敏夫
影は「生きられていない私」であり、ほとんどの場合、
私にとって不都合なものなので、それが「投影」された人やものは、私にネガティブな感情を抱かせる。
山根久美子「自分を再生させるためのユング心理学入門」日本実業出版社 p 72より抜粋
青鷺は眞人を無意識世界に誘う役割をします。
最初は「母は生きている」「死んだ母にあわせてあげる」と眞人の心を揺らがせます。
眞人は木刀や自作の弓を使って青鷺を追い払おうとします。
ついに眞人にクチバシを射られた青鷺の中から
サギ男」が現れ、無意識の世界の案内役になっていきます。
これは眞人の中にある「母は生きているのではないか?」「母に会いたい」
けれども、夏子という新しい母親を受け入れなければいけない。という葛藤を表現しているのだと思います。
ちなみに鈴木敏夫は、自身が「サギ男」のモデルではないか?と考えているようです
「サギ男」と「眞人」のやりとりが鈴木敏夫と宮﨑駿のそれとそっくりだというのです。
サギ男は誰がどうみたって僕(鈴木敏夫)なわけですよ。
(中略)
「モデルがいるんですか?」と訊ねると「いないよ!」と宮さんは答えた。
そのもの言い、すごかったですよ。「いない、いない。いないよ!鈴木さんじゃないよ!」と。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
絶対そうだね・・・
鈴木敏夫は、宮﨑駿に助言をする立場。それゆえ時には論争が絶えなかったそうなのです。
例えば「もののけ姫」は「アシタカせっ記」が当初の予定だったものを変更したのも鈴木敏夫です。
しかしその議論があったからこそ名プロデューサー鈴木敏夫のおかげで、
宮﨑作品は成功を収めているとも言えます。
ユング心理学でいう心の中の「影」と、現実世界の「鈴木敏夫」を重ね合わせたのがサギ男の正体
最終的に「影」であるサギ男は眞人のよき相棒になりました。
無意識の見たくない自分である「影」の正体を直視し
折り合いをつけていくことが最終的に自分を導き成長させてくれたのです。
アニマ=ヒミ・キリコ
アニマは男性の心の中にある女性的な部分であり、蠱惑的(こわくてき)娼婦の様な肉感的な姿から神聖な女神の様な姿まで、さまざまな女性の姿形をとって夢を含めた男性のイメージの中に現れてくる。男性のこころの発展に伴い、アニマも肉体的な女性から段々と霊性や知性を備えた女性へと成熟していく
山根久美子「自分を再生させるためのユング心理学入門」日本実業出版社 p 74〜76より抜粋
ヒミは生まれてくる命を炎で守ったり、食事を与えてくれたり、夏子とのわだかまりの解消をしてくれる
物語のキーパーソンの一人です。
宮﨑駿の母は病弱で、入院をしていたそうです。
眞人の母親が病院に入院するシーンと重なります。
ヒミは眞人のアニマでもあり、宮﨑駿自身の母の存在が投影された
アニマがモデルではないかと考えられます。
キリコはペリカンの群れから眞人を守り、食事を与えてくれ、そして「影」であるサギ男
と仲良くするようにとアドバイスをくれる重要人物です。
キリコさんも実在の人物です。保田道世さんです。彼女は宮﨑、高畑作品の色彩設計をしていました。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
宮﨑駿の映画を完成させるために、数多くの女性スタッフの存在が必要でした。
保田さんはお亡くなりになっており、キリコさんはその追悼の意味での登場でもあったようです。
これら女性のキャラクターは宮﨑駿を支えてくれてきた女性を表しているのかもしれません。
ペルソナ=インコ大王=宮﨑駿
インコ大王は宮﨑駿にとっての「ペルソナ」であると考えられます。
ペルソナとは自分の外の世界に向けられた顔
ペルソナと一体化してしまって、本当の自分がわからなくなったり、自分を見失ったりしてしまうことがある
山根久美子「自分を再生させるためのユング心理学入門」日本実業出版社 p 72より抜粋
塔の中には多数のインコが住んでおり
インコ大王という存在によって束ねられています。
彼らは
・軍国主義によって、国家に洗脳された国民
・スタジオジブリのアニメーター
を表しているように私には感じられました。
宮さんは「インコ大王は自分だ」と言う。
そして「なりたかったもう一人の自分が眞人だ」と言っていました。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
宮﨑駿は戦争反対の立場でありながら、兵器マニアでもあります。
そして「君たちはどう生きるか」の戦争の時代を生き抜いてきた人でもあります。
さらにアニメーションに集中するがために、家族を犠牲にしてきたと部分も多かったそうです。
そのようなアンビバレンツな心が、インコ大王という宮﨑駿の
ペルソナを生み出したのではないでしょうか
インコ大王は、宮﨑駿のアンビバレンツな葛藤を著している
大伯父=老賢者=高畑勲
歳を重ねていて、豊かな知識や知恵を持っており「個性化」の導き手を役割を果たすことが多い
山根久美子「自分を再生させるためのユング心理学入門」日本実業出版社 p 72より抜粋
個性化とは、自分の心の傷を消化し成長していくことですよね。
「老賢者」というコンプレックスで登場する大伯父は、まさに眞人を導くように問いかけます。
「ここに13個の汚れのない石がある。これを積み上げ世界のバランスを保つ仕事を引き継いでくれ」
そしてそのモデルは、
宮﨑駿が
・アニメーションの世界へ入るきっかけを作った人であり
・スタジオジブリを共に支えてきた盟友でもあり
・ライバルでもあった
高畑勲と言われています。
映画の中に大叔父が出てくるじゃないですか。自分を抜擢してくれて、このアニメーションという世界でなんとかやれるというきっかけを作ってくれた先輩である高畑勲さんがこの大叔父のモデルなんです。
鈴木敏夫 SWITCH9月号 宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』を語る より抜粋。
汚れのない13個の石を積み、この世界のバランスを取ることを
大叔父は眞人に託しますが、最後はインコ大王によって積み木は破壊され、
塔が崩壊してしまいます。
大叔父とインコ大王とのせめぎ合いは、
宮﨑駿と高畑勲の関係を如実に表していて面白いですね。
まとめ:俺はこう生きた。君たちはどう生きるか?
いかがだったでしょうか?
一見すると、難解かつ急激な場面転換、辻褄の合わないストーリーなど翻弄された人も多かったと思います。
しかし
ユング心理学を中核に考えると、非常にまとまった素晴らしい映画だとわかるのではないでしょうか?
そう考えると「君たちはどう生きるか」は
宮﨑駿の「人生」そのものである
と言えると思います。
さまざまなシーンに過去の作品のオマージュが散りばめられていることもその一つです。
現実世界に戻ってきた眞人のポケットの中に「石」を持ち帰っていたシーンで
俺はこう生きた。君たちはどう生きるか?
と、強いメッセージを感じました。
なるほど、物凄い熱量のこもった大作だね
まさに「君たちはどう生きるか?」だね。
一度しかない人生ますますQOL上げていきましょう!
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