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作業療法をわかりやすく説明します! 作業療法と仏教との意外な関係とは?

作業療法とは何か?

理学療法との違いや、作業療法士としてのアイデンティティに悩んでいませんか?

実は、この問いにビシッと説明できる作業療法士は0.01%くらい(勝手なイメージ)

しかいないように思います。

なぜ、作業療法を説明するのが難しいのでしょう。

その謎を解く鍵の一つ「宗教」とりわけ「仏教」にあると私は考えています。

え、ちょっとまって。宗教ってちょっとやばくない?そう思ったあなた。ちょっとまってください。

結論からいうと、仏教と作業療法ってとても似てるんです。

作業療法を理解することは、仏教を理解することでもあります。

この記事では

  • 作業療法士としてのアイデンティティに悩んでおられる方
  • 作業療法をもっと深く理解したいという方にむけて
  • 「仏教」という切り口で、作業療法を説明していきます。
目次

宗教ってなんのために存在するのか?

皆さんは、夜中ふと「死んだらどうなるんだろう?」と

何事にも代えがたい恐怖を感じたことはありませんか?

「今日は上司に怒られたから、死ぬか!」と、簡単に死んでしまっては

人間の種を残せません。ですから、人間の脳には

死ぬのが怖いとプログラムされているのでしょう。

しかし、人はいつか必ず死にます。

このような死の恐怖。老いの恐怖。病気になる恐怖。

これは人が誕生した時からの逃れられない課題です。

じゃあ、人間は最後に死ぬんだったら、何のために生まれてくるのでしょう?

そう考えたことはありませんか?

そのような恐怖を克服するために様々な宗教が生まれたのです。

詳しくは専門書に任せるとして

宗教とは、このような死の恐怖を和らげ、生きる意味を説明するためのものと考えられます。

仏教と作業療法との意外な関係とは?まずは仏教の歴史の紹介

日本人と馴染みのある宗教といえば、仏教ですよね。

仏教は、昔、昔のインドのシャカ族の王子であるゴーダマ・シッタールタ

いう人から始まったもので、

生きるたの「哲学」と考えてもよいものなのです。

ゴーダマ・シッタールタは、紀元前600前後(諸説あり)、インドの北部の釈迦族の王子として生まれました。現在では実在する人物であったと考えられています。

インドには厳しい階級制度であるカースト制があり、生まれながらに身分が決まっていたのです。

ゴーダマ・シッタールタ自身は、クシャトリアという王族の身分であり、恵まれた人生を送っていました。しかし、城の外に出ると、低い階級の人々の、貧しい生活や、老人を目の当たりにしてこう思います。

どうして、人間は老いて死ぬのだ?

これら人間の苦しみを和らげることはできないのか?

ゴーダマ・シッタールタは29歳に、恵まれた王族という身分を捨てて、出家します。そして、さまざまな苦行を通して、答えを探し続けます。

いろいろな苦行を試しますが、いくら苦しみに耐えても、苦しみ自体を消し去ることはできませんでした。

いくら苦しみに耐えたところで、苦しみを消し去ることはできない。

苦行では答えに到達しないことを確信したゴーダマ・シッタールタは、

菩提樹の下で深い瞑想の果てに、ついに「悟る」りブッダ(目覚めた人)になりました。ゴーダマ・シッタールタ35歳の時でした。

悟りとは、物事の真の意味を知ることとされています。

ヨーガ行者である成瀬雅春さんは、悟りとは体感であり言葉で表すのは難しいと述べています。

仏教の中で、基本的な考え方として「空(くう)」というものがあります。

この世の中には実態があるものはなく、すべていろいろな物事との関係性(縁起)によってなりたっている。という考え方です。

例えば自分とは何者か?という定義も

小学校に通っていれば「小学生」

彼女ができれば「彼氏」

結婚すれば「夫」

子供が生まれれば「父親」

このように、自分自身の定義もまわりの人々との「関係性」によって変化するよね。と考えます。

つまり、自分という実態は存在せず、自分というのは関係性でしかない。

この関係性のことを、仏教では「縁起(えんぎ)」と呼んでいます。

もっと旨いものをたべたい!可愛い彼女がほしい!大きな家が欲しい!若くきれいでいたい!

このような欲求が満たされないから「苦しい」んじゃないの?

自分の存在は「幻」だということを理解して、これらの欲求(煩悩)から距離を置けば苦しみをやわらげることができる。

これが「ブッダ」の苦しみを和らげるアイデアでした。だからお坊さんは、質素な食事を食べ、結婚せず、子供もづくらず、山奥で世俗から離れて修行をしているのですね。

だた、これを実践するのはとても大変です。

出家せず、一般人でもこの仏教のエッセンスをうまく利用してもらおう。というのが

現在、日本で普及している仏教は「大乗仏教」と言われてるものです。

本来の仏教のエッセンスに、中国などの他の思想があわさった独自のもので、日本の仏教は特に独特な様相を呈しているのですね。

作業療法と仏教を一緒に考えてもいいの?と変な気持ちになるのは、

本来の仏教と、今の日本の仏教が少し違うからなのです。

本来の「ブッダ」の教えに近いのは、上座部仏教と呼ばれており、チベット仏教などが近いといわれ

詳しくは、手塚治虫の「ブッダ」が、漫画なので読みやすくお勧めです。

要するに仏教は、「生きる苦しみを和らげるための哲学」 であり、私たちの存在は実態のない「幻」である。そして自分とは周りとの「関係性」によって生じている

自分の欲求をうまく距離をとって、苦しみをやわらげ、自分を探していこうね。ということです。

作業療法と仏教の共通点

結論から言うと、作業療法と仏教の共通点は

生きる苦しみ・病気の苦しみ・老いの苦しみ・死ぬ苦しみ

これらをうまくやわらげ、

「自分らしく生きる」ための哲学だという点です。

作業療法は、人々の健康と幸福を促進するために、医療、保健、福祉、教育、職業などの領域で行われる、作業に焦点を当てた治療、指導、援助である。作業とは、対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す。 

日本作業療法士協会の定義

作業療法の評価法にはCOPMというものがあります。

これはあなたにとって、何を行うことが重要なのか?というものを評価するものです。

ひとによっては、音楽をきくこと、家族のために料理をつくることであるかもしれません。

人は作業をすることで、自分が何者かが決まるのです。

家族のために家事という作業ができているから主婦でいられます。

お寿司を握って提供するという作業ができるからお寿司屋さんでいられるのです。

作業をする=縁起→自分らしさが決まる

まとめ:作業療法をわかりやすく説明する。作業療法と仏教の関係性

  • 作業療法も仏教も人々の健康と幸福の促進が目的とした「哲学」
  • 自分らしさは「関係性」から生じる
  • 作業療法は作業によって「縁起」を生み出し「自分らしさ」を作り出していくこと
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この記事を書いた人

■作業の視点で安寧と幸福を促進するOccupational Therapist
■QOL(Quality of Life)向上のための知識を網羅的にまとめることで、生きとし生けるもの全てが幸せになるお手伝いができれば嬉しいです

このブログが私たちの今を輝かせ、人生のQOLを高めるお役に立れば幸せ!そういう気持ちでブログを書いています。

あなたの人生がますます輝き幸せに溢れますように!

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